今回は身のまわりの化学工学として 「衣類の保温性」について取り上げます。今年の夏はすごく暑かったんですが、さすがに10月も中旬を過ぎると朝晩は涼しいと言うよりは少し肌寒い感じですよね。で、真夏であれば薄着でも良いですが、少し寒いな~と感じたらもう1枚 衣類を着ますし、それでも寒いな~となればドンドン重ね着しますよね。その際、例えば真冬に薄手のシャツを何枚着ても、あまり暖かくはなりません。ですが、シャツの上に厚手のセーターとかを着るとヌクヌクですよね。とまあ、その理由ってのが「衣類の保温性」に起因しているんですね。
このブログの 身のまわりの化学工学 No.2 風が吹くと涼しいわけ で取り上げたように 皮膚表面から熱が外気に移動し、皮膚温度が下がると寒いな~と感じますね。この時、外気風速が大きく影響します。と言う事ですんで、皮膚表面からの熱移動が暑い・寒いに影響していて、特に冬場においては皮膚表面と外気との間に存在する衣類を介しての熱移動が重要なんだね、となります。まあ、その辺りを何回かに分けて取り上げてみようかなと。
で、元ネタは 化学工学会誌 2016年 第2号から8回にわたって連載された記事で、著者は 高橋勝六先生です。名古屋大学をご退官された後 椙山女学園大学 (すぎやま じょがくえん だいがく) で教鞭をとられておられましたが、こちらもご退官されました。ネット記事によると 2021年1月11日にご逝去されたとの事です。ご専門は 名古屋大学 在籍中は「抽出操作」のようですね。その後、椙山女学園大学に移られてからは「衣類の保温性」分野についてご研究されたようです。因みに、2023年度 家政学会 学会賞は 椙山女学園大学 井上 尚子 先生に授与されましたが、論文名は「衣類の保温性に関する研究」でした。この論文には、高橋勝六先生のこの連載記事が参考文献として記載されていますね。いろいろと精力的に研究をされていたんだな~と思いますね。
衣類の保温性を化学工学する Chemical Engineering in the Thermal Function of Clothes
連載記事の名称は 「衣類の保温性を化学工学する」なんですね。で、連載記事は8回分あるので、何回かに分けて取り上げます。今回は、人体のモデル化や「衣類」を含まない系での熱移動について取り扱います。
✔ モデル Model
連載記事によると 人体における産熱量は 安静時には 約 100[W] との事で、その 3/4 が顕熱移動により外気へと放熱され、残り 1/4 は水分の蒸発による潜熱移動により放熱するそうです。で、この産熱量と放熱量が均衡し、快適と感じる皮膚温度は 33 [℃] とされています。そして、冬場などは外気温度が下がるので皮膚温度も下がり 「寒いっ!」と感じます。夏場は外気温度が上がり、そんな時は汗をかいて皮膚温度を下げようとしますが、それでも「暑っ!」と感じますね。暑い時は もう扇風機とかエアコンを使うしかないですが、冬場であれば厚着をして放熱量を下げると言う対策がありますね。
で、人体からの放熱ですが下図のようにモデル化されるとありますね。体表面の各部位における熱流束 q [W/m2] と面積 A [m2] との積が 各部位の熱移動速度 [W] となり、それらを全部 積算すれば 全放熱速度 Q [W] となります。
と、その辺りを式にすると以下のとおりです。で、顕熱移動速度と潜熱移動速度とに分けて考えるのがポイントですね。顕熱移動については温度差を駆動力とする式③によって計算されます。また、潜熱移動については水の分圧差を駆動力とする式⑤によって物質流束を求め、その値に蒸発熱を掛け算する事で顕熱移動速度が得られます。
で、暑くも寒くもない快適な皮膚表面ってのは 温度 33[℃] で 相対湿度 55[%] とされており、その時の外気温度・湿度に対して 快適条件となるように調節すれば良いんですね。温度差、湿度差については決まっているんで、調節出来るのは 総括熱伝達係数 hT と総括物質移動係数 KG だけなんですね。なので、衣類の種類とか枚数によって この両者を調節するって事になるんですね。とまあこんな訳で、熱伝達係数と物質移動係数の値をどれくらいになるのかを推定する事が重要となりますね。
※ 高橋勝六先生の連載記事では 「総括熱移動係数」と「総括物質移動係数」と記載されています。なんですが、どうもしっくりとこないので「総括熱伝達係数」とさせて頂きます。物質移動係数はそのままで良いんですけど。記号は hT で良いと思いますね。あくまでも、皮膚から外側の部分だけを扱っているので、一般的に熱伝達係数を表わす h を使うのが妥当かなと思います。これが皮膚内部までを含む系を扱うのであれば 「総括伝熱係数」と呼称して U とするのが妥当かなとは思いますけども。この辺りはいろいろと扱い方や考え方が有るんで面倒ですね。
✔ 衣服を通しての移動速度と移動抵抗 Transfer Rate and Resistance through Clothes
顕熱移動速度と潜熱移動速度は前述のように計算されますが、衣類のある状態なんで その辺りを考えておく必要がありますね。下図は 衣類を2枚重ねて着ている状態における温度分布と分圧分布(濃度分布)となります。「保温」を考えているので外気は体温よりも低いですね。この辺りは伝熱関連の書籍には必ず記載されていますんで、おなじみですね。
で、このような系において総括熱伝達係数と総括物質移動係数は以下のように定義されますね。要は、空隙部分と衣服部分の熱抵抗を全部加算して、その逆数が総括熱伝達係数とか総括物質移動係数になります。また、その際、皮膚表面積を基準とした面積比によって補正しますね。下記の式⑦が総括熱伝達係数の計算式で、式⑧が総括物質移動係数の計算式となります。あとは、個々の空隙部分と衣類部分の熱抵抗、及び外表面の熱抵抗が分かれば どれだけ顕熱・潜熱移動が有るのかが計算出来る事になります。まあ、それが大変では有るんですけども・・・。
外気境界層の熱伝達係数 Heat Transfer Coefficient in Air Boundary Layer
で、ここからは外気に触れている面における熱伝達係数について考えます。衣類を着ていない夏場とかであれば、皮膚表面において空気速度境界層と温度境界層が形成され 熱移動が起こります。また、冬場で衣類を重ね着している場合でも、最外表面の衣類表面には境界層が形成されますね。参考文献によれば、冬場の重ね着している場合でも全熱抵抗の1/5が外気境界層によるものとされています。夏場だと皮膚表面が露出されてますんで、全熱抵抗=外気境界層 熱抵抗 となりますね。とまあこんな感じで重要なんですね、それなりに。
✔ 熱伝達係数の算出 Calculating the Heat Transfer Coefficient
参考文献では、温水を入れたガラス瓶を人体体幹部に見立てて 外気への放熱実験を実施しています(下図参照)。ガラス瓶の内部には温水とスターラーチップが入れてあり、マグネチックスターラーで温水を撹拌しています。これで、内部温度は均一と考えられますね。そして、温水温度の経時変化を測定すれば ガラス瓶からの放熱速度が決定され、総括伝熱係数 U が得られます(式⑨)。で、この U にはガラス瓶 底面の保温部分の寄与が含まれているので、式⑩で補正します。そして、別途実測したガラス瓶表面温度 Ts を式⑪に代入すれば ガラス瓶表面における熱伝達係数 hG が決定されます。
参考文献の図を見る限り、ガラス瓶は 所謂「デュラン瓶®」なのかなと。バイオ関係のラボとかでは良く使いますね。Made in Germany なんですが、容量 20[L] だと 10万円以上しますね。
✔ 熱伝達係数の相関式 Heat Transfer Coefficient Correlation
で、参考文献では前述の放熱実験で得られた結果を無次元式として相関していますね。勿論、既存の熱伝達係数 相関式ってのも有りますね。円柱周りの相関式とか球周りの相関式とか。結論から言えば、どっちを使っても同じ結果になりますよね。きちんと実験して、きちんと相関式にしている訳ですから。
参考文献に記載されている相関式は以下のとおりです。で、人体皮膚表面における熱移動ですが、対流伝熱と放射伝熱との合計となります。そして、対流伝熱については 無風時には自然対流伝熱となりますし、有風時には強制対流伝熱となります。まあ、有風時でも風速がそれほど大きくなければ 自然対流の寄与分も考慮しますね。つまり、放射 + 自然対流 + 強制対流 の3要素を考慮すれば良いとなります。このブログでも放射伝熱と対流伝熱が併発する「化工計算ツール No.25 複合伝熱」について取り上げてますね。で、参考文献に記載されている計算式をまとめると以下のとおりです。
計算例 Examples
早速、熱伝達係数を計算してみます。ガラス瓶 (模擬 人体体幹部) の径をいくつか変えてみます。また、空気温度(温度差) も変えてみます。
✔ 放射伝熱 + 自然対流伝熱 Radiation + Natural Convection Heat Transfer
まずは 無風時に模擬人体であるガラス瓶表面から放射伝熱と自然対流伝熱で放熱している場合を想定します。結果は下図のとおりです。外気-皮膚表面 温度差が20[℃] 程度までであれば、放射伝熱の寄与が大きい事が分かります。そして、両者を加算すると 熱伝達係数は 10 [W/m2 K] くらいなんですね。 また、径を変えて計算してみると細い方が熱伝達係数が大きいですね。そこまで大きな差異が有りませんけど。参考文献には、ガラス瓶の径 350[mm]は胸周りに相当し、130[mm]が脚部に相当すると有ります。まあ、大きさ的にはそんな感じですね。と言う事は、体のいろいろな部位についても、その部位の径を用いれば熱伝達係数が計算出来る事になりますね。
✔ 放射伝熱 + 自然対流伝熱 + 強制対流伝熱 Radiation + Natural + Forced Convection Heat Transfer
次に有風時を想定して計算してみます。風速を変えて計算してみると、下図のようになりました。風速が1.0 [m/s] を超える辺りから強制対流熱伝達係数が卓越するようになりますね。その後、風速の増加に伴って 強制対流が支配的となります。
例えば 風速 3.0[m/s] では熱伝達係数は 30 [W/m2 K] になりますが、それだけ放熱量が大きくなりますんで 皮膚表面温度は下がります。つまり、風が吹くと寒く感じる訳なんですね。で、普通は寒いと感じたら衣類を着ますよね。風が強い日はどんな衣類を何枚くらい着たら良いかを考える必要が有るんですね。
まとめ Wrap - Up
また、連載記事では 実際に放熱実験の結果も載ってますが なかなか興味深いですね。簡便な実験装置ですが きちんとした結果が得られているので、あれこれ手直しして精度の高い結果が得られるように苦心したんだろうな~と思いますね。伝熱の実験は、パッと見た感じでは簡単そうですが、熱はいろいろなところから流入したり、また流出するものなんで温度測定一つとっても大変ですね。この先も、ガラス瓶に布を巻き付けて放熱実験をしていますが、発汗した場合を想定して 少量の水を連続的に布に供給したりしてますね。と、言うのは簡単ですが 均一に供給するのは大変ですよね。布は毎回 取り替えたりしたんだろうな~とか、買ってきた布をそのまま使うんじゃなくて 事前に脱脂したり洗濯とかもしたんだろうな~と思いますね。まあ、そうじゃないと再現性の良いデータは採取出来ないとものすごく思います。
で、今回は皮膚表面とか衣類表面における熱移動を考えました。なので、衣類と言うか布の存在は考慮していないですね。次回以降は、布の存在を考慮した熱移動について取り上げる事にします。
参考文献・書籍 References
- 「衣類の保温性を化学工学する (1) 」 化学工学会誌 第80巻 第2号 2016年
- 「衣類の保温性に関する研究」
井上 尚子 椙山女学園大学
日本家政学会誌 第74巻 第6号 2023年
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