化工計算ツール No.105 干渉沈降速度 Hindered Settling Velocity

 今回は干渉沈降速度について取り上げます。これまた、いつもお世話になっている 粉体工学用語辞典には以下のように記載されています。

" 流体中に分散している粒子が、同時に存在する周囲の粒子あるいは器壁の影響を受けて沈降する際、単独の場合と異なる沈降速度を示すことがある。このような状態の沈降をいう。干渉沈降時の速度は、単独の沈降速度より遅くなり、その差は粒子濃度の関数となる。この補正を粒子の体積濃度の代わりに空間率で表現する場合もある。"

単一粒子の静止流体中における沈降速度については、このブログでも取り上げました。まあ、終末速度 Terminal Velocity の事ですが、沈降速度 Settling Velocity となると 固液系 Solid - Liquid system の場合が多いように思いますね。特に固液分離装置において重要ですね。


で、濃い懸濁液においては薄い時と比較して沈降速度が遅くなるんですね。なので、装置サイズが大きくなるんだろうと思いますが、まあ厄介ですね。んじゃ、水を加えて薄めれば良いのでは? とも思いますが、薄めると言う事は体積が増加しますんで 希薄懸濁液のハンドリングが大変になり それはそれで厄介ですね。
さすがに濃厚な懸濁液を実務で扱う事は有りませんでしたね。清澄分離装置 Clarifier 、沈殿濃縮装置 Thickener の設計とかでは必要になるんだと思いますけど。



干渉沈降速度  Hindered Settling Velocity


✔ 干渉沈降の状況  Status of Hindered Settling


固液分離において沈降する固体粒子が それほど大きく無ければ (数百μmくらい)、粒子周りの流れは層流なので 沈降速度式としては Stokes 式が適用可能となります。で、静止流体にポツンと1個だけ粒子が有る場合は、Stokes 式に諸条件を代入すれば 沈降速度値が得られます。なんですが、だんだんと粒子濃度が高くなると そう簡単には行きませんね。その理由は置換流体量の増加と置換流体流路の減少です。粒子群が沈降するとそれと入れ換わる上向きの流体流れが生じるんですが、それが置換流体ですね。で、粒子が濃いと置換流体量自体が増加しますし、加えて流体流路が狭くなります。結果として流体抵抗力が増加し、それによって沈降速度が低下します。この理由以外にも、粒子濃度増加による懸濁液圧力分布などがあるそうです。更に粒子群に粒子径分布が有る場合、沈降速度に差異が生じる為 粒子間の衝突が起こりますし、粒子間流体によるせん断抵抗が発生すると有りますね。

下図は大小粒子を含む懸濁液における沈降過程を模式的に表わしたものです。容器に粒子懸濁液を入れてガシャガシャっと転倒撹拌して静置するとその時点から沈降が始まりますね。図にあるように小粒子の方がより速く沈降します。なんですが、大粒子もそのうちに沈降してきますね。そうこうしているうちに容器上部には清澄層が出来て、一方底部にはスラリー層が形成されますね。で、図に有るように粒子間空隙を置換流体が上昇していきます。






✔ 干渉沈降速度計算式   Calculation Equations of Hindered Settling Velocity


式①は おなじみの Stokes 式です。式②~⑤は干渉沈降速度の計算式ですが、以下にあるように実験式や理論式など様々有ります。式②は理論と実験によるもので、式③は実験式との事です。また、式④は理論式のようです。そして、式⑤ですが 化学工学論文集に記載されている報文で、同志社大学の日高 重助先生らのグループによって 2006年に発表されたものです。

どの式も単一粒子 沈降速度に補正項を掛け算する形となっています。そして、流体が占める体積比率である空隙率 ε , void ratio が重要なファクターなんですね。んでもって、大体同じような式の形なんですが、Happel による式④は理論式なので他の式とはだいぶ違いますね。




計算例  Examples


✔ 空隙率の影響  Influence of Void Ratio 


まず、何と言っても空隙率の影響ですね。そして、上記 各計算式でどの程度違いがあるのか?が気になりますね。で、結果は以下のとおりです。横軸は 空隙率なので 0 ~ 1 までの値となり、1 は全部流体となります。縦軸は 沈降速度比率で 単一粒子沈降速度 usingle に対して 干渉沈降速度 uh がどの程度減少するかを表わします。これも 0 ~ 1 の値を取りますね。

で、この結果を見ると 結構 影響があるんですね~。空隙率 0.9 くらいでも、沈降速度は 半分近くまで減少します。なので、それなりの濃度の懸濁液を沈降分離しようとする場合、単一粒子 沈降速度を使うのは問題が有るって事になりますね。
また、各計算式の違いですが Happel 式は他の式と結構違いますね。日高 重助先生の計算式は、Steinour式と Richardson - Zaki 式の中間くらいなんで、日高 式を使えば良いのかなと思いますね。日高 先生の報文には 粒子濃度 20 [vol%] 以下ではシミュレーション結果や実験結果と良く一致すると記載されています。と言うことは、空隙率 80 [%] までは十分な精度で計算可能って事になります。んじゃ、空隙率 70 とか 50 [%] は使えないのかと言えば、そんな事は無いと思いますけど。ただ、実際には このような濃い懸濁液を沈降分離しようとは思わないですよね。例えば、空隙率 50 [%] の沈降速度比率を日高式で計算すると、0.0434 となります。沈降速度は 1/20 程度まで低下するんですね。と言う事は、20倍の時間が必要であったり、処理量が 1/20  になるって事ですね。う~ん、なのでこんな運転条件は 採用しないんだと思います。 





✔ 干渉沈降速度  Hindered Settling Velocity

せっかくなんで、水と固体粒子からなる懸濁液の実際の干渉沈降速度を計算してみます。流体は 20[℃] の水で、固体粒子は 直径 100 [μm] 、密度 3,000 [kg/m3] とします。
単一粒子の場合、毎秒 10[mm] くらいは沈降するんで まあそれなりの沈降速度でしょうか。ですが、粒子濃度を増やしていくと沈降速度は低下していき、濃度 20[vol%] だと 3.4[mm/sec] となりますんで、1/3 まで低下するんですね。 




まとめ  Wrap-Up

今回は干渉沈降速度について計算してみました。思った以上に粒子濃度の影響があるんですね。まあ、それくらい置換流体の影響が大きんでしょうね。粒子濃度が50 [vol%] ともなると沈降速度は極めて小さくなりますんで、ずーっと懸濁した状態を維持するんでしょうか? 

また、日高先生の報文には粒子径分布がある場合の干渉沈降速度についても計算方法が載っています。少しばかり面倒だったので今回はパスしましたが、実際の粉体ってのは粒子径分布を持っているのが普通なんで、そういった場合についても大粒子の干渉沈降速度とか小粒子の干渉沈降速度を別個に計算出来たほうが良いですね。二成分粒径 粒子群と三成分粒径 粒子群について計算されていて、どちらも実験結果と良く一致しているという事です。

この報文ですが、大規模シミュレーションも実施されているんですね。流体については DNS, Direct Numerical Simulation、粒子については DEM, Discrete Element Model を用いて、 粒子 10万個の挙動をゴリゴリと計算しているんですね。計算負荷が大きいので、地球シミュレーター Earth Simulator を使ったんだとか。報文にはその結果も載ってますが、ちゃーんと計算出来るんですね。ただ、粒子径は 3種類とか4種類くらいのようです。実際の粉のように連続した粒子径分布を有している場合については、ちょっと難しいのかなと。まあ、そんな時は実際の粉を使って沈降実験をすれば良いですね。


参考書籍・文献  References

  1. 「入門 粒子・粉体工学」 日刊工業新聞社 2002年刊
  2. 「粉体工学叢書 第4巻 液相中の粒子分散・凝集と分離操作」 日刊工業新聞社 2010年刊
  3. 「離散要素法と直接数値計算法を用いる粒子群干渉沈降挙動のハイブリッドシミュレーション」
    化学工学論文集 第32巻 第4号 2006年
  4. 「多分散粒子懸濁液中の単一粒子干渉沈降速度式」
    化学工学論文集 第32巻 第4号 2006年



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