身のまわりの化学工学 No.18 衣類の保温性 その5 Thermal Function of Clothes Part 5

 今回は「身のまわりの化学工学」の 衣類の保温性 その5 となります。これまでの4回では皮膚表面から外気への布地を介した熱移動を、顕熱移動と物質移動に分けてそれぞれ計算する事が出来るようになりました。なので、胴体部とか大腿部とか身体部位の代表寸法や、着ている衣服の種類・厚さ・枚数が設定されれば 後はこれまでの計算式で全部計算する事が可能です。

空隙や布地、外気層など各部の熱抵抗・物質移動抵抗が分かれば、それらを全部 合算してその逆数をとれば それが総括伝熱係数・総括物質移動係数となります。で、このブログでも以前 「風が吹くと涼しい訳」でも取り上げてますね。この時は皮膚表面の熱抵抗と皮膚内側の熱抵抗、及び 外気温度と身体内部温度 (普通は36℃) を与えて 皮膚表面温度を計算してみる、と言うものでした。なので、同じようにすれば衣服を着ている場合の皮膚表面温度が計算出来ますね (もう少し面倒ですが)。で、その表面温度が 36℃よりも低くなると 皮膚にある冷感受容体が反応して「寒いな~」と感じる訳ですね。冷感受容体については やはりこのブログの 「雨のアレコレ」 で少し取り上げましたね。

とまあ、そんな感じでこのシリーズもだいぶ長くなってきたので、一旦締めてみましょうかと言う事で衣服を着ている場合の総括伝熱係数と総括物質移動係数を計算してみようかなと思います。高橋勝六先生の連載記事では、ここいら辺の計算は載ってませんね。その代わりに衣服間空隙の熱抵抗に及ぼす風の影響とか、ダウンコートなどの詰め物衣服の保温性、布の吸湿性について触れてますね。まあ、その辺りについてはまた別の機会に追々取り上げてみようかなと。


衣服着用時の顕熱移動と物質移動 Sensible Heat and Mass Transfer when Wearing Clothes


だいぶいろいろと取り上げて来たのでおさらいしておいた方が良いですね。また、衣服は布地を使って作られているんですけども、その辺りも見ておこうかなと。

✔ 布地の種類  Cloth Types

布地と言えば 綿とか絹とかナイロンとかいくつか有りますが、これは繊維の種類と言うか材質ですよね。で、繊維を長ーい糸にした上で 更に織ったり編んだりして布地にします。で、その布地を適宜 裁断して縫製すれば 目出度く衣服になりますね。まあ、この辺りは素人なんですが 綿だとフワフワした綿花を紡績して糸にしますが、化繊のナイロンとかだと溶融状態のナイロンを口金からエイッと押し出して糸にしますね。また、同じ糸でも単糸とか撚ってある撚糸ってのも有りますね。で、絹は蚕が吐き出す糸ですが 最初っから長ーい糸になってますね。

布地の特性については、衣類の保温性 その3 で取り上げてますね。その際には参考文献中の一覧表を転載しただけでしたが、縦糸・横糸の径、そして縦糸・横糸の本数が記載されているので、これを絵にしてみると下図のようになります。
布地によって目の詰まり具合がだいぶ違うんですね。綿とか麻はスカスカした感じですが、絹とかナイロンは目が詰まっているようです。で、ウールは糸が太いですね。

※ ウールですが下図には縦糸と横糸で描いています。なんですが、ウールは普通は編物じゃないのかな~と。で、編物は横糸だけで構成されるんだそうです。毛糸がループ状になってるんで、伸縮性が有るんですね。まあ、んでも毛糸の織物ってのも有りますよね。




✔ 計算式  Calculation Equations

計算式についてもおさらいしておきます。皮膚表面から外気への顕熱移動と物質移動は下図のように表わされますね。温度分布と濃度分布 (水蒸気圧分布) によって顕熱と水蒸気が移動します。だいぶ長いです・・・。



ここいら辺りを計算式で表すと以下のとおりですね。式①は全熱流束で、顕熱流束と潜熱流束に分けられます。で、式②は顕熱流束の計算式で 総括伝熱係数と温度差の掛け算したものです。一方、式③にあるように潜熱流束は物質流束に蒸発潜熱を掛け算して得られます。そして、式④が物質流束の計算式で総括物質移動係数と濃度差(水蒸気圧差) の掛け算となります。そして、総括伝熱係数と総括物質移動係数は式⑤と⑥にあるように、各部の熱抵抗・物質移動抵抗を用いて計算されますね。



で、ここからは各部の熱抵抗・物質移動抵抗の計算式となります。少々長くなりますけど、お付き合い下さい。まずは、外気層における熱抵抗は以下の一連の式で計算されます。見て分かるように放射伝熱によるものと自然対流・強制対流伝熱の寄与が有ります。





まだまだ続きます。次は、布地と布地間空隙における熱抵抗は以下の計算式で計算されます。






で、最後に物質移動についてはまとめて以下のとおりです。外気層、布地 及び 空隙部 それぞれの物質移動係数が計算出来ます。




ずらずらと書きましたけど、伝熱については各部の伝導伝熱、自然対流伝熱、強制対流伝熱 及び 放射伝熱がきちんと計算式になっていれば それらを使って総括伝熱係数が得られるって事ですね。物質移動については、各部の拡散、自然対流物質移動 及び 強制対流物質移動が計算式になっていればOKとなりますね。


計算例   Examples

では早速 計算してみましょうか。「衣類の保温性」なんで寒い時期を想定します。んで、皮膚表面温度を計算してみます。

✔ 重ね着している場合   When Wearing Layers

基本となる条件は以下のとおりとします。人体深部から外気へと熱移動する事になりますが、計算された顕熱流束と潜熱流束を合算して全熱流束とします。んで、この全熱流束は皮膚直下の境膜を通過する熱流束と同じなので、熱収支から皮膚表面温度が何度になるかを計算出来ます。具体的には、自然対流 熱伝達係数は皮膚表面温度の影響を受けるので単純に計算は出来ないんですね。なので、EXCELのソルバー機能を使って 皮膚表面温度を探索しています。

で、肝心の衣服ですが布地は 「綿 Cotton」とします。更に、綿布地を重ね着したらどうなるのかを計算してみます。 

人体代表長さ   0.3 [m]
外気温度・湿度  10 [℃]、30[%]
人体深部温度     36 [℃]
皮膚境膜厚み   4 [mm]
風速       0.5 [m/s] 
綿布地厚み    0.37 [mm]
布地間空隙厚み    1.0 [mm]




 

で、0枚、1枚、3枚を着た場合の計算結果は以下のとおりですね。当然と言えば当然ですが重ね着したほうが皮膚表面温度は高くなりますね。なので、重ね着したほうが寒くは感じないとなるのかなと。とは言っても、気温 10[℃] の戸外に居て、厚さ 0.37 [mm] の綿を3枚着ただけでは さすがに寒いですよね~。




✔ 布地 厚みの影響   Influence of Fabric Thickness


次に布地の厚みを変えた場合の皮膚表面温度を計算してみます。布地は「ウール Wool」としますが、1枚だけ着た場合を想定します。まあ、セーターとかを重ね着する例はあまり無いかな~と。まあ、これまた当然ですが厚くなると皮膚表面温度は高くなるので、暖かく感じますね多分。で、比較してみると 「綿 3枚」の皮膚表面温度は 34.5 [℃]で、「ウール 1枚」の皮膚表面温度は 34.5[℃]で同じですね。着たり脱いだりする手間や着心地を考えるとセーター1枚の方が楽かな~と思いますね。まあ、だからといって素肌にいきなりセーターを着るようなワイルドな事はしないですよね。チクチクするでしょうし・・・。なので、この辺りの計算ってのは、組み合わせとかが重要なんだろうなと思いますね。

例えば、風の強い屋外であれば、下着+シャツ+セーター+ウィンドブレーカーとかの組み合わせになりますよね、計算してみるまでも無く。実際、高橋勝六先生の連載記事には風による衣服間空隙 熱抵抗への影響が記載されてますね。厚手のセーターとかを着ていたとしても、風が強いと空隙の熱抵抗が低下するんですね。風によって空隙間の空気が流動して熱移動が促進されるんですね。なので、風を遮蔽するような目の詰まった布地を用いたウィンドブレーカーをセーターの上に着るのが良いとなりますね。まあ、名前がそのとおりですよね。



まとめ   Wrap-Up

今回は「衣類の保温性 その5」として実際に総括伝熱係数と総括物質移動係数を計算してみました。また、その結果を用いて顕熱流束と潜熱流束を計算して、更に皮膚表面温度も計算してみました。実際に計算してみると、これくらいの値なんだな~ってのが分かりますね。特に総括伝熱係数については実務でもいろいろと計算してきたんで、「あ~、やっぱこれくらいだよな~」ってのが実感として有りますね。正直なところ、ケミカルプラントにある配管表面における熱伝達係数とかと同じくらいなんですね。まあ、それは当然で放射・自然対流・強制対流が混在した状況としては同じようなものですよね、配管表面も人体表面も。温度的にも同じくらいなんですからね。今回の計算だと 皮膚表面温度は 33[℃] くらいですが、まあ保温材を施工した配管表面温度も同じくらいですよね。例えば、配管の保温材表面を触ってみて「うわっ、熱いっ!!」 と感じるのであれば、それはものすごく放熱しているので 保温が甘いとなり ものすごく不経済です。例えば、保温材が経年劣化でヘタっていて当初の性能を発揮していないとかですね。最高温度 300 [℃]とかの熱媒配管とかを取り扱ってたんで、すごく気になりますね。余談ですが、現場に行って 踏みつけられて潰れている配管保温材カバーを見るとすごく悲しくなりますね・・・。

このシリーズではいろいろと計算しましたが、家政学の分野においても化学工学と言うか伝熱工学の知識や知見は十分に適用可能なんですよね。いろいろと紹介してきた計算式による結果も、例えば機械学会の「伝熱工学資料」などに記載されている計算式による結果と同じになりますよね。ただ、面白いな~と思ったのは布地の取り扱いでしょうか。まあ、経路の屈曲率を考慮するような既存の手法ではあるんですが。ただ、そのような手法がきちんと適用可能出来るって事を実験的手法によって実証したってのが、ものすごく重要だと思いますね。これまでも何回か言いましたが、実験装置とかを見ると精度良い結果を得るのはなかなか大変だったと推察しますね~。ホントに学生泣かせだったのでは無いかなと。と同時に論文を読んでいて面白かったですね。

冒頭でも触れたように連載記事には まだいくつかトピックスが有るんですが、それらについては また別の機会に取り上げたいと思います。ここ数年で一般的になった「空調服」の性能について取り上げた論文とかもありますし。



参考書籍・文献  References

  1. 「衣類の保温性を化学工学する」 化学工学会誌 連載記事 2016年













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