身のまわりの化学工学 No.24 放射加熱調理 Radiative Heating in Cooking

 今回は、身のまわりの化学工学シリーズとして「放射加熱調理」 Radiative Heating in Cooking について取り上げます。加熱調理については、このブログでも何回か取り上げました。煮物調理や熱板による焼き調理について取り上げましたね。


で、煮物調理ですが 野菜などを適当な大きさに切って、それを出汁やスープに投入して加熱します。これは「対流伝熱」 Convective Heating です。そして、熱板による焼き調理は 熱い鉄板にお肉などを直接 接触させて加熱するので、「伝導伝熱」 Conduction Heating となります。そして、伝熱の3形態と言えば、もう一つ 「放射伝熱」 Radiative Heating が有りますね。実際の調理方法としては、例えば 炭火焼き肉とか電気オーブンでの食パンの加熱が有りますね。

この放射加熱調理ですが、まあ普通に有りますよね。キャンプとかにいって焚き火をして釣った魚を焼くとかも放射加熱ですし、トースターなんかもそうなりますね。トースターの中を覗いてみるとヒーターが見えますね。炭火焼鳥ってのも美味しいですよね~。韓国に住んでた時分も焼き肉屋さんにしょっちゅう行ってましたけど、「美味いっ!」って言うお店は炭火焼きでしたね。お店の裏手に炭火をおこすカマドのような装置が有ったりしましたね。また、もっと簡単なものでは 炭を鉄製容器に入れておいて、それをガスコンロにセットするんですね。で、ガスに着火するんですが 炭火が本格的に燃えだしたらガスは切るんですね。まあ、ガスコンロのみで加熱ってのも有るには有ったんですが、それはカンジャタン 감자탕 などの鍋物がメインのお店ですね、大抵は。


※ 今回も画像は Google Gemini に作成して貰いました。出来栄えは全く問題無しですね。因みに、砂肝の塩が好きですね~。あと、ナンコツとかも。



放射加熱調理   Radiative Heating in Cooking

主に参考にする文献は渋川 祥子先生のグループが 2004年に発表した、「炭焼き加熱特性の解析  第1報 熱流束一定条件下での伝熱特性の比較」 です。

✔ 試料食品焙焼実験  Food Sample Broiling Experiment

文献では実際に炭火をおこして そこからの熱流束を実験的に求めているんですね。なかなか面白い内容なので 少し詳しく 取り上げてみます。熱流束測定装置と試料食品焙焼装置は下図のようなものです。

上段は熱流束測定装置ですが、裏面を水冷されたセンサー部を熱源の上に設置するんですね。で、このセンサーは普通は 「熱流計」と呼ばれるものですが、要は薄い板の両端の温度を測っているんですね。温度と言うか温度差なんですが、熱電対を直列に接続した 「熱電堆」 Thermopile  で測定します。因みに、「ねつでんたい」と読みますね。で、原理ですが単純で、薄板の厚さと熱伝導率が分かっていますんで、温度差からエイッと熱流束が計算されますね。 q = k・ΔT/Δx  なので。

そして、下段ですが試料食品の焙焼装置となります。鉄製の枠が有って下部には熱源を設置します。使っている炭ですが、ウバメガシ白炭 所謂 備長炭などです。1本のサイズは直径 30[mm] 、長さ 70[mm] で それを 500 [g] 程度使っています。炭以外の熱源としては、 1口 ガスコンロ、魚焼網 そして電気ヒーターとなります。文献には魚焼網と有りましたがグリルパンみたいな感じですね。厚さ 0.9 [mm] の銅板に黒色ホーロー加工したものですね。また、電気ヒーターは管ヒータータイプで、通電するとオレンジ色に赤熱するやつですね。で、実際に焼いてみる試料食品ですが 文献では 「ハンペン」、「鶏肉」 そして 「鮭の切り身」となってますね。これらに 焼串をエイッと刺し、串を鉄枠に載せるんですね。まんま、串焼き屋さんですね。実験の際には、いいニオイがしていたと想像しますね。




✔ 放射熱流束 計算式  Radiative Heat Flux  Calculation Equation


で、上記の装置を使ってデータを採取するんですが、そのデータを使って放射熱流束がどれくらいなのか?を求めています。その際に使用するのが以下の計算式となります。炭火の上に前述の熱流束センサーを設置すると、当然ですが受熱しますね。なので、受熱面と水冷面の間には温度差が発生します。で、その温度差から受熱量 [W] が分かります。なんですが、この受熱量は 対流伝熱と放射伝熱の両方を含みます。で、ここで一工夫してあって 同じセンサーを2個使うんですね。更に、それぞれの受熱面の放射率 emissivity は変えてあるのがミソとなります。実際には受熱面を 黒色面と銀色面 にしています。放射率は それぞれ 0.9 と 0.33 なので結構違いますね。

下図の 式①・③・⑤ が黒色面についての受熱量 計算式となります。式①は全受熱量、式②は放射による受熱量、式⑤は対流による受熱量です。銀色面についても同じく 式②・④・⑥が有ります。そして、黒色面の対流受熱量 式⑤と銀色面の対流受熱量 式⑥を組み合わせると、式⑦が得られます。見てみると Ta ってのは 受熱面から離れたバルクの空気温度であり測定すれば分かりますね。また、黒色面温度 Tb と 銀色面 Ts についてもセンサーによって測定されているので分かりますね。で、それら測定値を用いると 黒色面と銀色面における 対流受熱量の関係が分かる事になります。 

また、黒色面における全受熱量を計算する 式①に式③を代入し、Qbc については式⑦を代入すれば 式⑩となります。銀色面については 式②に式④を代入します。この時、Qsc はそのままにしておくと 式⑪が得られます。 ここで、熱源と受熱面間の形態係数については 黒色面についても 銀色面についても同じと仮定して F とします (式⑧)。受熱面積については同じ寸法の正方形なので A とします (式⑨) 。

この式⑩と⑪を見ると、センサーや温度計から得られる実測値であったり、ステファン・ボルツマン定数や放射率など、分かっている値がほとんどである事が分かります。んで、唯一分かっていないのが AhF となります。Ah は 熱源の面積ですが、電気ヒーターであれば何とか計算出来ますが、備長炭の表面積は不明です・・・。更に、受熱面と熱源間の形態係数についても全く見当が付きませんね。受熱面は真っ平らですけど、備長炭の表面がどんな角度になっているとかはこれまた不明です・・・。

で、 式⑩と⑪の両方には Qsc が含まれているので両式を連立させてこれを消去し、測定値を全部代入すれば 最終的に AhF の値が得られます。これは、熱源の種類が変わればまた違った値になりますね。まあ、確かに炭と電気ヒーターでは違いますよね。そして、これで終わりでは無くて、この AhF を式③に代入すれば 黒色面における放射受熱量が得られます。勿論、式④に代入すれば 銀色面における放射受熱量が得られます。でも、まあ普通に考えると食品表面の放射率は 大体 1 に近いので 黒色面における放射受熱量 = 食品表面の放射受熱量と考えますよね。  





実験結果   Experiment Result


んじゃま、文献に記載されている実験結果などをご紹介します。


✔ 炭火による放射加熱量  Radiative Heating Rate by Charcoal


炭火以外の前述の熱源においても実験されていて、結果をまとめると下図のとおりです。下図上段グラフは 熱源別の 熱源表面温度とセンサー部近傍の空気温度です。また、この時の放射加熱量 (放射熱流束) は 11,000 [W/m2] と有りますね。で、炭火の表面温度は高いですね、やはり。600 [℃] ちかくあります。焼網 ( Broiling Plate) と電気ヒーターもそれなりに高温ですね。一方、ガスコンロは明らかに低いです。そして、センサー近傍の空気温度は逆の傾向となっている事が分かります。

そして、中段グラフは 放射熱流束の比率ですが これは顕著な差異が有ります。炭火ですと75[%] が放射によるものですが、ガスコンロでは 15 [%] となっています。下段グラフは 食品表面温度の平均値ですが、放射熱流束の比率が影響してるように見られます。鶏肉 (胸肉) で比較してみると以下のとおりですね。

  • 炭火       130.6 [℃]
  • ガスコンロ    115.1 [℃]
  • ガスコンロ + 焼網 131.4 [℃]
  • 電気ヒーター   132.6 [℃]  

ガスコンロだけが大幅に表面温度が低くなっています。まあ、直火による焼き調理では「外はパリッと、中はジューシー」なのが美味いなどと言われますが、高温によって表面を短時間で焼き上げ、水分を中に閉じ込めるのが良いと言う事なのかなと。となると、表面温度を高く出来る炭火は良い熱源となりますね。ただ、ガスコンロの上に 焼網を載せ、加熱された焼網からの放射熱流束によって加熱する方式とすれば表面温度は 炭火と同じになりますね。また、電気ヒーターではそのままで炭火と同じ表面温度となります。て事は、いろいろと工夫すれば なにがなんでも炭火じゃなきゃダメ!って訳でも無いのかなと。なんですが、やはり炭火焼きってのは美味いですよね、独特の風味が有るというか。



 

✔ 炭火焼 焙焼香の成分  Volatile Compounds Analysis 


で、この炭火焼の風味の違いについて焙焼香の成分分析を GC-MS で行なっているんですね。熱源としては 炭火焼とガスコンロ + 焼網の2種類とし、加えて 放射熱流束の値も揃えてあるとの事です。元文献にはずらーっと物質名が列記してありますが、多すぎて分かりにくいのでアルコール類とかアルデヒド類とかで 整理してみました。

パッと見て差異が有りますよね。ガスコンロ + 焼網だと アルデヒド類が明らかに多いです。で、文献中で その多くが ヘキサナール Hexanal であると指摘されており、実に 全揮発物質の 44.5 [%] となります。んで、このヘキサナールですが豆乳や古い牛乳などの青臭さの原因物質とされています。そんな物質が大量に含まれているとそれはもうアレですよね。また、ピラジン類 Pyrazine については 炭火の方に多く含まれています。ピラジン類の1つであるトリメチルピラジン Trimethyl pyrazine ですが、所謂 香ばしい良い香りの原因物質とされています。肉などのタンパク質成分を含む食品を加熱すると、糖とタンパク質が反応するメイラード反応によって生成する成分の一つとの事です。で、そんなピラジン類が 全体の 11 [%] 近くも含まれているのであれば、それはもう食欲をそそりますね~。

で、何故 このように揮発物質の組成が異なるかですが、それについては詳しくは分かってないようです。文献には炭火から発生する燃焼ガスの組成が ガスコンロのそれとは違うと言及されていますけど。曰く、一酸化炭素や水素など 還元性の強いガス成分が多く含まれていると言う事でした。




✔ 表面温度の時間変化   Change in Surface Temperature over time


まあ、実験結果は前述のとおりなんですが 表面温度については 非定常熱伝導問題として計算する事も出来ますね。放射加熱や対流加熱においては 片面のみから加熱するので、半無限固体として取り扱えます。で、境界条件を 表面熱流束一定とか表面熱伝達係数一定として計算すれば良いですね。

で、炭火焼の文献だと平均表面温度の値しか載ってないので、別の文献を参考にしてみます。焼いているのは 「食パン」 White Bread ですね。文献中の熱流束値 及び 熱伝達係数値を使って計算した結果が下図となります。● が実験値で実線が 半無限固体とした場合の推定値です。う~ん、熱流束境界条件の場合は特にズレが大きいです。また、熱伝達係数境界条件についても高めに計算されています。で、この理由ですが 「水分の蒸発」に起因するんですね。まあ、そりゃそうですよね。ただ、まあ放射加熱 だと温度は上がり続けるけど、対流加熱の場合は温度の上昇は緩やかになると言う傾向は分かるかなと。何故そうなるかですが、対流加熱だと 表面温度の上昇に伴って 空気 - 表面間 温度差 Δ T が小さくなるので受熱量が減るんですね、顕著に。一方、熱流束一定であれば 表面温度にも関係無く 問答無用で熱が表面に供給されるんですね。





で、あまり推定精度は良くないですが 鶏肉に炭火焼きの熱流束 11,000 [W/m2] を適用して表面温度の時間変化を計算してみると下図のとおりとなります。10分間の平均表面温度は 130 [℃] なので、やはり計算結果は高めですね。これについても水分蒸発の影響なんですけども、文献には焙焼前後の水分率 実測結果が記載されており、鶏肉だと 水分は 40[%] ほど蒸発していますね。まあ、食パンの場合と同じなんですが、食品のように水分を多く含む試料における表面温度を推定するには 水分の蒸発を考慮する必要が有ると言えますね。





まとめ  Wrap - Up


今回は 身のまわりの化学工学として 放射加熱調理を取り上げてみました。主に炭火による直火調理について紹介しましたが、それこそ焼き鳥屋さんに行けば 普通に炭火で焼いてますよね。ただ、キャンプ場とかであれば 可能ですけど、普通の家で炭火焼を敢行するのはすご~く敷居が高いですよね。特に気密性の高い最近の家屋では難しいかと。炭の臭いってのも結構残りますしね。

まあ、それはおいといて 放射伝熱を利用した調理において重要なのは「炭火の強火の遠火」などと言われます。または、魚を焼くときは「強火の遠火で炎を立てず」などと言われるそうです。これは、「炎や煙にさらされないように強い火で遠くから放射加熱する」と言う事になります。炎や煙が出にくい熱源と言えば、それはもう炭火ですよね。ガスでも良いんですが、ガスなどの気体燃料が燃えると水分が発生しますので、表面がベチャっとするので避けるべきとされていますね。んでも、「ガスレンジで魚を焼きたいっ!」と言う需要も有るわけで、実際 ガスコンロに「魚焼きグリル」が付いている場合も多いですね。この時、一工夫されていて グリルの上部にガスバーナーが設置されており燃焼ガスはすぐ上に抜けていく構造になってますね。そうすると、炎からの放射のみが魚に到達するんですね。まあ、強火で遠火にはあまりなってないかとも思いますけど。また、余談ですが 海苔をパリッとさせる時はガスでやるとダメとも言いますね。水分が出ているので、海苔がシケってしまいます。まあ、炭火が良いんですけど海苔の為に炭火を準備するのは・・・。次善策として前述の鉄板付き焼網を利用すれば良いですね。そうすれば 燃焼ガスが直接海苔に触れないので。と言いながら、普通にガス火の上で海苔を何回かひっくり返したりしてましたね。

で、最後に私が知る限り究極だと思っている焼き肉マシンをご紹介しておきます。これは、放射加熱を使ったものですが、韓国在住中に良く行った焼肉屋さんで使われていたんですね。すご~く良く考えられているな~と感動しました。日本から出張で来たベンダーさんを連れて行くと、ほぼ確実に皆さんスマホで写真撮ってましたね。

構造は下図のとおりですが、金属製の焼串に刺したお肉を回転する円板の4個所に設置します。まあ、お肉がぶら下がる感じですが、これがミソなんです。そして、熱源としては平べったい形状の炭火で、これを両側に配置します。で、この炭火からの放射加熱によりお肉がふっくらと焼けるんですね。そして、何故回転させるのか?ですが それは最下段の図を見ると分かります。円板が回転すると放射加熱されるお肉の面が自動的に切り替わるんですね。つまり、わざわざ位置を変えたりひっくり返す必要な全く無いんですね! お肉がグルグル回るのを待っておけばOKと言う寸法です。結構肉厚のサムギョプサル 삼겹살 とか鴨肉 오리 고기 だったと記憶していますが、まあ10分もしないで焼き上がったかなと。しかも、お肉がブラブラしているんで余分な油はポタポタと下に落ちるんですね。最高に美味かったですね~。19時頃になると満員になるのが基本なので、大人数だと予約は必須でした。そして、締めに食べるのが 麺料理のカルグクス 칼국수 なんですが、全く辛くないですし あっさり薄味で これまた最高に美味かったですね~。





参考文献・書籍  References


  1. 「炭焼き加熱特性の解析  第1報 熱流束一定条件下での伝熱特性の比較」
       渋川 祥子ら 日本家政学会誌 第55巻 第9号 2004年
  2. 「炭焼き加熱特性の解析  第2報 炭焼き食品のにおいの検討」
      渋川 祥子ら 日本家政学会誌 第56巻 第2号 2005年
  3. 「水分の蒸発過程に及ぼす伝熱方式の影響」
       佐藤秀美ら 日本食品科学工学会誌 第46巻 第8号 1999年
  4. 「プロメテウスの贈りもの」 相原 利雄 著 裳華房 2002年刊

























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