身のまわりの化学工学 No.9 洗濯における乾燥 Drying in Washing

 今回も前回に引き続き「身のまわりの化学工学」シリーズとして 洗濯に関する内容を取り上げますが、洗ってすすいで脱水した洗濯物をいよいよ乾かします。まあ、普通はハンガーとか物干しスタンドとかに濡れた洗濯物をかけますね。天気の良い日であれば屋外干しするでしょうし、冬場とかであれば室内干しでしょうか。

で、洗濯物を乾かすって事は、現象から言えば「衣類に付着している水分が空気中に蒸発している」となるのかなと。これを化学工学的には「乾燥操作」として取り扱う事が可能です。まあ、典型的な物質移動ですしね。で、その際に熱移動も絡んできますね。それと、水で濡れた状態の洗濯物を乾かす際に、「空気温度が高いほど」、そして「空気湿度が低いほど」乾きやすいってのは何となくですけど感じてはいますよね。と、今回はその辺りを計算してみようかなと。

今回は 伊東 章先生の化学工学会誌の連載シリーズを参考にしてみます。2010年 第1号に掲載された 第13回「洗濯物は風があるとなぜ早く乾く - 物質移動境膜のはなし -」ですね。




乾燥過程と湿球温度  Drying Process & Wet Bulb Temp.


✔ 乾燥過程  Drying Process

実際に布(さらし木綿) を乾燥させた実験結果は下図のとおりです 1)。参考文献によれば、ほぼ無風状態との事です。横軸は経過時間で縦軸は含水率(乾量基準)です。□10[cm] ってのは 1辺が 10[cm] の正方形って事ですね。

各大きさでの乾燥曲線を見ると、最後のほうは傾きがだいぶ緩くなりますが 大半は直線状となっています。この領域はいわゆる 「定率乾燥期間」Fixed Rate Drying Period とか「恒率乾燥期間」と呼ばれます。で、この定率乾燥期間の特徴は水分蒸発速度が一定と言う事です。そして、もうひとつ特徴があって「布表面温度が 湿球温度に等しい」と言うものです。湿球温度があれば 乾球温度もあって、相対湿度 100 [%] 以外では 湿球温度は乾球温度よりも低くなります。実際、干している洗濯物に触るとヒンヤリと冷たく感じますが、実際に冷えているんですね。まあ、布表面温度が湿球温度では無くても 皮膚温度よりも低ければ 冷たく感じますけど。 

湿球温度についてはこのブログでも取り上げています。

 化工計算ツール No.23 湿度と結露
 化工計算ツール No.29 乾燥器の物質・熱収支




✔ 湿球温度  Wet Bulb Temperature


この湿球温度ですが、布表面の水分における物質移動と熱移動を考慮する事で求められますね。これについては、伊東先生の連載記事にも載っているので それを使って考えてみます。

下図のように水層がありその上を空気が流れているとします。この時、水面温度はバルク空気温度よりも低いとします。となると、当然ですが熱伝達が起こりますが、簡単化の為に 水面近傍には温度境界層が形成されており、ここを熱伝導によって熱移動すると考えます。

物質移動について考えると、水面表面はそこの温度に相当する飽和水蒸気圧を有していますし、バルク空気にはその温度と相対湿度に相当する水蒸気圧を有しています。そして、この 水面 飽和水蒸気圧とバルク水蒸気圧との差による拡散によって物質移動が起こります。で、そのままだと熱移動と物質移動は別個の現象となりますが、実は両者は密接に関連しています。液体の水が蒸発して気体の水蒸気となる為には、蒸発熱が必要となります。この蒸発熱が 前述の熱移動によって供給されるって訳ですね。即ち、熱移動によって流入する熱量と物質移動によって流出する熱量は等しいと言えます。

そして、下図にあるように計算式は全部分かっているので、温度・湿度条件とか物性値とか境界層厚みとかを代入すれば 式①も②も計算出来るんですが、唯一 不明なのが水面温度 Tw なんですね。これを求めるには 式① = 式② となるように 適宜 Tw を変化させて試行錯誤法を適用すれば良いですね。EXCEL であればソルバーを使えば良いです。で、流入熱量に相当する水分が蒸発してバルクに出ていく訳ですから、これってまさに「洗濯物の乾燥」ですよね。しかも、洗濯物の乾燥では 「定率乾燥期間」がその大半なので、蒸発量 NA が計算できれば 乾燥時間も計算出来るって事ですね。




乾燥過程の計算例   Examples of Drying Process


で、早速計算してみます。水に濡れた洗濯物、 と言っても水面を想定します。ここにある温度・湿度の空気が平行に流れているとします。前述の計算式には境界層厚み δ が含まれているので、これについては別途計算する必要が有ります。境界層厚みの計算については、別の投稿で取り上げています。

身のまわりの化学工学 No.2 風が吹くと涼しいわけ


✔ 空気風速の影響  Effect of Wind Speed


まずは風速の影響について計算した結果は下図のとおりです。風速が増加する事によって境界層厚みが薄くなり、それによって流入熱量が増加し 結果として 蒸発水量も増加します。風速 0.5 [m/s] では 煙突の煙がたなびく程度ですが、例えば 5 [m/s] ともなると木の葉や枝がたえず動いている状態となります。両者の水分蒸発速度は 3倍 も違いますね。と言う事は、乾燥時間もざっくり 1/3 に短縮されるとなりますね。と言うことは、全然風が無い状態よりは ある程度 風が吹いている方が洗濯物の乾燥には好都合となります。もちろん、風が強すぎるのも考えもので、ホコリが付着してしまうとか 風で吹き飛ばされてしまうって事にもなりかねませんね。あっそれと、下図の計算結果においては 水面表面温度 Tw は 19.0 [℃] で一定なんですね。風速には関係有りません。湿球温度なんで、空気 温度と湿度のみにより影響を受けるとなります。



✔ 空気条件の影響   Effect of Air Condition


次に空気条件を変えた場合の結果です。温かい空気と冷たい空気、乾いた空気と湿った空気で蒸発速度がどの程度影響を受けるかって事ですね。因みに風速は 0.5 [m/s] で一定です。結果を見ると一目瞭然ですが、空気温度が高くなると蒸発速度は増加します。また、相対湿度が増加すると蒸発速度は低下します。なので、より早く洗濯物を乾かすには 出来るだけ温かくて乾いた空気条件とする事が望ましいとなります。まあ、当たり前ですけど。

  • 温度 20 [℃] → 40 [℃] 蒸発速度 1.44 倍
  • 湿度 60 [%] → 90 [%] 蒸発速度 0.23 倍



せっかくなんで、温度と蒸気圧のプロフィルを図にしてみました。結果は以下のとおりです。空気の相対湿度を変化させた場合です。風速は一定なので 境界層厚みは変わりません。水面表面温度は変化しており、それによって水面水蒸気圧も大きくなっています。結果として、バルク水蒸気圧との差 (濃度推進力) が低下します。と言う訳で、空気湿度が高いと洗濯物の乾きが遅いってのは、下図の水蒸気圧プロフィルからも分かるって事ですね。




✔  日射の影響  Effect of Solar Radiation


伊東先生の記事には 日射の効果についても言及されています。で、計算した結果が下図ですね。例えば、日射熱流束 800 [W/m2] では 水分蒸発速度 1,095 [g/m2 hr] となります。同じ条件で日射が無い場合だと 180 [g/m2 hr] なので 6倍くらい違いますね。と言う訳で、良く晴れた日に洗濯物を干すとものすごく早く乾きますよって事になりますね~。 




✔ 実験値との比較  Comparison with Experimental Values


とまあ、前述のように空気条件を変えたりして洗濯物の乾燥過程における水分蒸発速度を計算出来る訳なんですね。で、計算値って実際どうなの?ってところが気になりますよね。前述の参考文献 1) に記載されている乾燥実験結果から 水分蒸発速度が得られています。この実験値と 今回取り上げた計算方法による水分蒸発速度とを比較してみます。

空気温度      22.0  [℃]
空気相対湿度     67  [%]
空気風速       0.5 [m/s]   参考文献では無風条件となっている
計算値      43.3 [g/m2 hr]
実験値         90 [g/m2 hr] □ 30[cm] の場合

結果だけを比較すると、まあ2倍くらいの差はありますね・・・。と、ふと思ったんですが参考文献の実験値ってのは晒木綿の面積基準で算出されています。で、計算値ってのは水面から空気への蒸発面積なんですが、これって布の片面となりますね。で、考えてみれば布の両面から同時に蒸発が起こりますよね。となると、実際の蒸発速度は上記計算値の2倍になるのかなと。となりますと、43.3 × 2 = 86.6 [g/m2 hr] となるので、実験値 90 [g/m2 hr] と ほぼほぼ同じになりますね~。

こんな取り扱いが本当に出来るのかは正直 良く分かりませんが、まあオーダー感は有っているのかなと。実際の布では屋外に洗濯物を干す場合、風によって洗濯物がパタパタとはためく事による促進効果もあるんだと、中西茂子先生の参考書籍には書いてありますね。となると、安全側ではありますが 今回のような計算手法も ザックリとした乾燥時間を推定するのには使えるのかなと。もちろん、この計算はあくまでも定率乾燥期間に適用される訳で、脱水して濡れている状態から生乾きくらいまでには適用されるのかな~と。 


まとめ  Wrap - Up

今回は洗濯物の乾燥における、風速・湿度・日射の影響について計算してみました。中西 茂子 先生の参考書籍には 早く乾かす為には以下の項目が重要とされています。

  • 温度が高いほど
  • 周囲の湿度が低いほど
  • 風速が速いほど
  • 表面積が広いほど

温度、湿度、風速の影響については今回の計算結果と合致していますね。日射の影響については、水面表面温度の上昇に大きく寄与します。それと表面積については、ぐしゃぐしゃっとまるめるのでは無く、広げて重なりの無いようにする方が早く乾くって事ですね。参考書籍には、「ネット・すだれ・すのこのような風通しの良いものの上に平干し」するのが良いとされていますね。ハンガーにかけた洗濯物を密に何枚も並べるのは、あまりよろしく無いと言う事ですね。

下図は、参考文献 1) に記載されている □20[cm] の晒木綿をそのままぶら下げて乾かす場合と、真ん中から二つ折りにして乾かす場合の実験結果です。空気相対湿度が高いので 基本 乾きは遅いですね。で、二つ折りにすると更に乾きが遅くなりますね~。300分くらい経過しても、定率乾燥期間はまだ終わっていないように見られます。定率の後は減率乾燥になるので、乾燥が終わるまでには まだまだかかります。この結果からみても、二つ折りは避けたほうが良いですね。





参考文献・書籍  References

  1. 「布の大きさ・干し方の乾燥速度への影響」 家政学雑誌 第27巻 第2号 1976年
  2. 「洗剤と洗浄の科学」 中西 茂子著 コロナ社 1995年刊
  3. 「身のまわりの化学工学 洗濯物は風があるとなぜ早く乾く - 物質移動境膜のはなし -」 化学工学会誌 第74巻 第1号 2010年
  4. 「身のまわりの化学工学 汗をかくと涼しいのはなぜ - 湿球温度のはなし -」 化学工学会誌 第75巻 第5号 2009年









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